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2010年12月09日

2011年賀

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 あれよあれよと月日は経ち、気が付けば2010年の年の瀬だ。この一年は、年初から自転車三昧であった。幾つか作品も制作はしたが、一つのイメージの塊に向かい集中して制作することはなかった。どれも単発なものだ。やはり個展をしばらくしていないということも理由なのだが、なかなかその気にならないのは、そて、どうしたものか・・。

 ずっと前からの構想はあるのだが、物心共にそれぞれの要素がうまく絡み合ってくれない。だが、それは必ずしも悪いことでもない。自然の流れというものに逆らってもがいたところで、どうにかなるわけでもない。若ければも苦しみもまた心象の顕現となり時とともに一つの形に収斂するのだが、またそれも人それぞれに時期があり形もあろうと・・。

 さて、来年2011年の行方は。

2009年12月28日

ソウルミュージック

年賀も投函し、小掃除も適当に済ませ一段落したので、NHKハイビジョンにチャネルを合わすとスティーヴィー・ワンダーの2008年欧州ツアーからロンドン公演ライブをやっている。いや、実に懐かしい。「回想」「愛するデューク」「可愛いアイシャ -」 等々・・34年昔の光景がが蘇った。初めて、スティーヴィー・ワンダーを知ったのは、「トーキング・ブック」に収録されシングルで大ヒットを飛ばした1972年の「迷信 Superstition」だった。それから、1976年の「キー・オブ・ライフ」は、当時のソウルアルバムの中でも最高のデキだった。当時は、ソウルミュージック全盛期で、私も「インデペンデントハウス」というディスコでDJをやっていた。モータウン・サウンドが一世を風靡し、スティーヴィー・ワンダーをはじめダイアナ・ロス、テンプテーションズ、ザ・ミラクルズ、ジャクソン5、コモドアーズ、それからライオネル・リッチー。今は亡きマービン・ゲイ。彼の『What's Going On』と『アイ・ウォント・ユー』は素晴らしい作品だ。忘れてはならない「スタイリスティックス」そして「オージェイズ」のバラード。何といっても「アース・ウィンド&ファイア」の「太陽神」は大ヒットした。が、「暗黒への挑戦」の方がEW & Fらしくて傑作。とにかく、当時はいろんな意味でソウルフルな毎日であったように思う。

2009年11月28日

今年こそ!早師走・・

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今年も年賀状の用意を考えなければならない時期。確か、これ↑は昨年の年賀の下書き。やれ!今年こそは油彩を!と考えていたのだが、春先より毎日ロードバイクザンマイ、すべての体力をそれに消耗し、結局は今年一年何もしていないのだ。さ~て、師走々・・。

2008年07月29日

Choked Wall


2008年07月24日

Summer_night 2008

2008年07月20日

New_York_1929

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Boston_2027

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Mirror_001

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2008年05月28日

白い骨が語った日

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このところ喪服を着ることが俄かに増えてきた。焼香して家に戻り、ふと脳裏に浮かんだのがゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という絵。人間生きるという必然は、不可避の苦しみを伴う。そういうことなのか・・・。また、一方では「人間犬に食われるほど自由」であるのも真実。焼け出された白い骨が語っている。

2008年04月20日

再び

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 先月2日に再び特発性心室頻拍を発症してしまい、その治療のため約一ヶ月の入院となった。2年半前にも同じ症状で入院しカテーテルアブレーション治療を2度ほど受けてはいたのだが、その時の治療が不完全だったのか、それともその後に新たに発症したのか・・今回の病院医師の説明は断定するに非ず。いずれにせよ今回で3度目のアブレーション治療になった。この治療は足の付け根にある太い血管から心臓の中へカテーテルを入れて高周波電流により心臓内部を50度程度の熱で焼く治療であるが、信頼性の高い病院での治療であり、それに3度目ともなると慣れもあり治療自体にはほとんど不安感はない。しかし何度しても慣れないのは尿管カテーテルの挿入だ。点滴などの注射と違って大事なあそこの先から太いゴムチューブを挿入される時のあの何とも言えない痛みは、とても慣れるような類の痛みではない。アブレーション治療は狭心症などの「ステント」を入れるカテーテル治療とは違って長時間(6時間)となり、そして術後5時間程度は身動きできず、計11時間程度ベッドに固定。尿管カテーテルの挿入は致し方なく「そのくらいは我慢してよ・・」という施術する側の結論かもしれないが、患者にとってはこれがかなりの苦痛なのである。おそらく医師のほとんどは経験があるまい。最近では心臓のバイパス手術でも切開して胸骨を切らない手術(低侵襲心臓手術)が行われており、より患者の負担を軽減した方法が始まっているとの事だ。ならば手術前処置の患者にとって大きな苦痛である尿管カテーテルの挿入という処置も是非とも改善して欲しいものだ。同じ症状で再び入院することはないとは思ながらも・・・
 それにしてもカテーテルアブレーション治療による入院は通常ならば5~6日程度なのだが、今回私の場合、3度目ということもあり慎重な検査の必要性と病院の新病棟移転という事情も重なって通算一ヶ月にも及んだ。一ヶ月も病院のベッドに横たわっているというのは、病気自体の不安感さえなければ、心身は最高にリフレッシュされあれこれと反省するべく絶好の時と場所を与えられたようなもの。この際、大人しく置かれた状況に身をゆだね、神妙に人生を振り返り、残り幾許もない?人生をどう過ごすか・・・などなど思案する。というような心境にはまったくなれなかった。一応、死にかけて救急車で運ばれてはきたのではあるが、同じことを幾度が繰り返すうちに自分の症状を詳しく知るようになり、どの程度なら本当に危ないかそうでないかを予知できるようになったこと、そして齢のせいか次第に「死」というものに対する不安が無くなってくるからだと思う。およそ死ぬ本人よりも、死が差し迫った人を傍で見ている人の心境の方がよほど死に対する恐怖を抱くものである。ま、そういう意味では大変周囲の人には大変に心配をかけたと思っているのであるが、まだもう暫くは生き長らえてやりたいこともある。もう暫くは生き長らえようともがいてくれようか・・。ま、それでも意図した道半ばで死ねばそれはそれで致し方ない・・・おのれ~その時は化けて出てやる!!などという心配も担当医師の現状「根治」という判断を戴きとりあえず取越し苦労と相成り候・・・。